MAX PITTION(マックス ピティオン)とは?|創業者・歴史・復活劇・POLITICIANを徹底解説
記事メイン画像:フランスの造形を、日本の眼鏡づくりで現代へつなぐMAX PITTION(MAX PITTION公式「Our Story」より)
MAX PITTION(マックス ピティオン)の眼鏡は、太い。
けれど、ただ厚いわけではありません。上辺は眉のように持ち上がり、リムの下角は鋭く切り落とされ、ブリッジには広い「間」があります。正面からは力強く、斜めからは磨き上げられた面が光を返し、横からは真鍮の金具と太いテンプルが姿を現します。
この独特な造形は、近年作られた「フレンチヴィンテージ風」のデザインではありません。源流にあるのは、1940年代のフランス・オヨナ。創業者マックス・ピティオンは家業の櫛工場を眼鏡メーカーへ育て、LanvinやAzzaroのフレームを手掛け、さらに現在のSILMOにつながる国際眼鏡見本市の創設にも関わりました。
ブランドは休止した後、2013年にJohn Mayer(ジョン・メイヤー)の情熱によって一度復活します。その生産も後に止まりますが、2023年、最初の復活にも携わったTommy O'Gara(タミー・オガラ)と創業者の息子Bernard Pittion(バーナード・ピティオン)により、現在の体制で再び動き始めました。
この記事では、「1921年創業」とされがちな年号の整理から、創業者がなぜ眼鏡業界の重鎮だったのか、二度の復活が何を意味するのか、そして代表作POLITICIANの形と細部まで、MAX PITTIONの魅力を徹底的に紐解きます。
この記事でわかること
- MAX PITTIONの本当の起点と、1921年という年の意味
- 創業者マックス・ピティオンが眼鏡業界へ残した功績
- John Mayerによる2013年の復活と、その後の再休止
- Tommy O'GaraとBernard Pittionによる2023年の再始動
- POLITICIANに凝縮された形、カッティング、真鍮金具
- 眼鏡業界でMAX PITTIONが占める独自の位置
◎MAX PITTIONとは?|戦後フレンチアイウェアの「一次資料」を掛ける
MAX PITTIONは、フランス東部のオヨナで生まれたアイウェアブランドです。現在のフレームは日本で少量生産され、ブランド自身はその成り立ちを「Born in France and refined in Japan(フランスで生まれ、日本で磨かれた)」と表現しています。
ORIGIN
1940年代のオヨナ
櫛とセルロイド加工の町から生まれた、戦後フランス眼鏡の本流。
DESIGN
太さを彫刻へ変える
厚い生地を削り、丸め、角を残すことで、顔の上に陰影を作る。
CRAFT
現在は日本・鯖江製
フランスの原型を、アセテート加工と精密な組み立てで現在の製品へ。
このブランドを理解するうえで重要なのは、MAX PITTIONが単なる復刻ブランドではないことです。創業家のアーカイブ、当時の図面や製造資料、実物のヴィンテージフレームに基づきながら、現在の素材と日本の製造技術で再構築しています。
つまり、MAX PITTIONは「昔らしい形を新しく作る」のではなく、戦後フランスの眼鏡文化に直接つながる形を、もう一度掛けられる状態へ戻すブランドです。
◎創業年を正しく整理する|1921年は「ブランドの設立年」ではない
MAX PITTIONを紹介する記事では、しばしば「1921年創業」と書かれています。しかし、資料を突き合わせると、1921年は創業者マックス・ピティオンが生まれた年と考えるのが妥当です。
ブランド公式は設立年を一つの年に固定せず、第二次世界大戦後、マックスが父の櫛工場を世界的な眼鏡メーカー「Pittion Lunetterie」へ変えたと説明しています。父エミールは1920年代に櫛の製造を始め、1940年代にはセルロイド眼鏡を少量生産。マックスが戦後の1945年に家業へ戻り、後に工場を継いで事業を拡大しました。
年号の読み方
1921年=創業者の生年 / 1940年代=ピティオン家が眼鏡を作り始めた時期 / 1945年=マックスが家業へ戻り、後のPittion Lunetterieを育て始める転換点
したがって、ブランドの起点を一言で表すなら「1940年代創業」。もう少し正確に言うなら、「1920年代の櫛工場を前史として、1940年代に眼鏡生産を開始し、1945年以降マックス・ピティオンが事業を確立した」となります。

公式アーカイブに残る若き日のMax Pittion(MAX PITTION公式「Our Story」より)
◎創業者マックス・ピティオン|デザイナーであり、産業を動かした重鎮
オヨナ――櫛の町から、プラスチック眼鏡の町へ
マックスが育ったオヨナは、フランス東部、ジュラ山地に近い町です。20世紀初頭までは木や牛角を削った櫛で知られ、その後、セルロイドが新しい材料として広まると、切削、打ち抜き、研磨の技術が蓄積されました。
櫛と眼鏡は一見別の製品ですが、板状の素材から輪郭を切り出し、肌に触れる部分を滑らかに磨き、色と艶を引き出す点では近いものがあります。ピティオン家が櫛から眼鏡へ移ったのは、まったく異業種への転換ではなく、町と工場が持っていた素材加工の技術を、顔に掛ける道具へ応用した出来事でした。
200人を超える工場と、パリのファッションハウス
マックスが継いだPittion Lunetterieは、1950年代以降に輸出を拡大し、1960〜70年代の最盛期には200人を超える従業員を抱える規模へ成長したと伝えられています。自社のフレームだけでなく、LanvinやAzzaroなど、パリのファッションハウス向けにも眼鏡を製造しました。
ここに、MAX PITTIONの色と形が洗練されていった背景があります。工業製品として数を作る能力と、パリの服飾文化が求める色気。その両方を知る工場だったからこそ、重厚なのに野暮ったくなく、強い色でも品を失わないフレームが生まれました。
1967年|SILMOを生んだ一人
マックスの影響は、自社ブランドの成功にとどまりません。彼はフランスの眼鏡製造組合で会長を務め、1967年、オヨナで始まった国際眼鏡見本市の創設に関わりました。これが、現在パリで開催されるSILMOの起点です。

左上に「pittion lunetterie」の看板が見えるSILMO会場。現在へ続く国際見本市を、地域のメーカーたちが立ち上げた(MAX PITTION公式アーカイブより)
SILMOは、新作を発表する場所であるだけでなく、メーカー、デザイナー、眼鏡店、レンズ企業、メディアが国境を越えて出会う場です。2026年の今も世界の眼鏡業界が注目するその舞台を、半世紀以上前に地域の仲間と作った。マックス・ピティオンが「眼鏡業界の重鎮」と呼ばれる理由は、優れたフレームを残したからだけではありません。
自社を大きくしながら、産地を外の世界へ開く仕組みまで作った。彼はデザイナー、工場経営者、業界団体のリーダー、国際見本市の共同創設者という複数の顔を持つ人物でした。
◎黄金期から休止へ|日本との競争、統合、1981年の引退
1960〜70年代、POLITICIANやPOLARISといった太く洗練されたフレームは、アーティスト、俳優、スタイルを作る人々に支持されました。ブランド公式も、この二つを代表作として挙げています。
しかし1970年代、世界の眼鏡製造の構造が変わります。品質と生産力を高めた日本の眼鏡産業が存在感を増し、オヨナを含むフランスの産地は価格と生産の両面で厳しい局面を迎えました。Pittion Lunetterieは他工場との統合を経て1977年ごろまで生産を続けますが、マックスは1981年に業界を引退。ブランドも長い眠りに入ります。
皮肉なことに、消えた後もフレームの価値は下がりませんでした。オリジナルはヴィンテージ市場で探され続け、厚いフロントと独特の色は、後の「フレンチヴィンテージ」を考えるうえで基準の一つになります。
MAX PITTION TIMELINE
◎2013年の復活|John MayerがPOLITICIANに恋をした
最初の復活を動かしたのは、ミュージシャンのJohn Mayerでした。
2014年のインタビューでMayerは、インターネットで古いデザインを見ているとき、ヴィンテージのPOLITICIANを発見したと語っています。どうしても欲しかったものの、見つけた個体は自分には小さく、掛けられなかった。それでも諦めきれず、ブランドがすでに存在しないと知ると、自ら権利を取得して復活へ動きました。
この経緯は、一般的な「有名人とのコラボレーション」とは順序が逆です。先に宣伝計画があったのではなく、一人の眼鏡好きが、掛けたい一本を現代に戻そうとしたことから始まりました。
Mayerがパートナーに選んだのが、長年日本で眼鏡の設計・製造に携わっていたTommy O'Garaです。二人は創業家との関係を築き、古い写真、ロゴ、タグ、実物のアーカイブを参照。オリジナルの雰囲気を保ちながら、現代の素材とサイズへ更新しました。
復活の出発点も、POLITICIANだった
創業期の代表作であり、2013年の復活を引き起こしたモデルでもある。POLITICIANは、MAX PITTIONの過去と現在を一本でつなぐ存在です。
2013年に始まったコレクションは高い注目を集めましたが、約5年で生産を終了。ブランドは再び休止状態になります。復活は一度で完結せず、次の段階を待つことになりました。
◎2023年、もう一度|Tommy O'GaraとBernard Pittionによる現在の体制
現在のMAX PITTIONを再び動かしたのはTommy O'Garaです。ただし、彼は2023年に突然現れた新しいデザイナーではありません。John Mayer期にも設計と製造を担った、復活劇の最初からブランドを知る人物です。
O'Garaは1980年代から日本で活動し、Dita Eyewearのクリエイティブディレクターなどを経て、The LIGHT Co., Ltd.を設立。NATIVE SONS、JULIUS TART OPTICALをはじめ、数多くのブランドやプロジェクトの製造に関わってきました。
2023年の再始動では、創業者の息子Bernard Pittionと協業。オヨナに残る旧工場へ足を運び、当時の機械を調べ、原図や資料へアクセスしました。そのうえで、植物由来のセルロースアセテートと真鍮金具を用い、日本・福井県鯖江市で少量生産しています。
大切なのは、フランスの形を日本風に変えることでも、古い眼鏡を寸分違わず複製することでもありません。オリジナルの線、厚み、色、金具の考え方を守りながら、現代の加工精度と掛け心地へ着地させること。それが今のMAX PITTIONです。
◎眼鏡業界での位置付け|「フレンチヴィンテージの象徴」で終わらない
MAX PITTIONは、現代の眼鏡業界でどこに位置するブランドなのでしょうか。四つの軸で見ると、その特殊性がはっきりします。
1|模倣ではなく、源流
戦後フレンチアイウェアを参照したブランドではなく、その時代に実際に製造していた当事者のアーカイブを持つ。
2|産業史に名前が残る
創業者は工場を率いただけでなく、製造組合とSILMOの創設を通じ、眼鏡産業の発信基盤を作った。
3|フランス設計 × 日本製造
色気のある不均衡な輪郭を、鯖江の切削、研磨、組み立て精度で製品として成立させる。
4|量より、密度
小ロットで個体番号を付け、形と色を妥協しない。大量流通よりも、眼鏡好きやコレクターへ深く届く。
大手メゾンのライセンスアイウェアとも、無名のヴィンテージを再現するレプリカとも違う。MAX PITTIONは、眼鏡産業の歴史そのものを背景に持つ、アーカイブ主導のラグジュアリーアイウェアです。
そのため、ブランドの魅力は「太い眼鏡が似合うか」という好みだけでは決まりません。なぜこの厚みなのか、なぜこの角を残すのか、なぜ真鍮なのか。その理由が、1940年代から現在まで一本の線でつながっていることに価値があります。
◎MAX PITTIONに共通する6つのデザインコード
1|厚みを、重さではなく彫刻として見せる
現行の主要なアセテートモデルは、7〜8mmほどの厚い生地から削り出されます。ただ平らに残すのではなく、上面を丸め、側面を落とし、場所によって角を残す。厚みがあるからこそ、光を受ける面と影になる面が生まれます。
2|完全な左右対称の図形に見せない
ボストン、ウェリントン、クラウンパントと呼べる基本形を持ちながら、上辺を持ち上げたり、外側を切り落としたり、ブリッジを広く取ったりします。分類できるのに、既視感だけでは終わらない「ひとくせ」があります。
3|色を表面ではなく、素材の奥で見せる
Piano Black、Ruby Rouge、Cinnamon、Blonde Tort、Dark Tort、French Beer Dark、Vintage Lavender。黒以外の色では、厚いアセテートの内部に濃淡が生まれ、光が通る場所と沈む場所が変わります。初期のセルロイドフレームが持っていた豊かな色を、現在の素材で読み替えています。
4|リベットを隠さない
三点のフロントリベットや二点のテンプルリベットは、構造であると同時に顔つきを決めるアクセントです。大きなロゴを置かず、金具の配置そのものをサインにします。
5|真鍮の金具を、経年変化まで含めて使う
現行の主要モデルでは、真鍮ピンと堅牢な5枚蝶番を採用します。真鍮は時間とともに色が落ち着き、磨かれたアセテートとは異なる変化を見せます。新品時の均一さだけでなく、使った時間が残る素材選びです。
6|テンプルの終わりまで輪郭を作る
直線的に後ろへ伸び、耳の手前から大きく曲がるMassue(マッス)型のテンプル。正面のボリュームを受け止めながら、先端の丸みで掛け姿を柔らかくします。透明系の生地では、中央をまっすぐ走る模様入りの芯金も見どころです。
◎代表作POLITICIAN|1940年代の造形が、二度の復活を動かした

POLITICIAN 42□28 col.Piano Black。厚いのに、上辺と下辺のリズムは軽やか(DOWNTOWNの商品ページ)
POLITICIANは、MAX PITTIONを語るうえで最も重要なモデルです。1948年製とされる初期アーカイブが残り、公式はPOLARISと並ぶアイコンに位置づけています。そして数十年後、John Mayerが復活を決意するきっかけになったのも、この形でした。
名前の背景には、第二次世界大戦後、政治家たちが知性、思慮深さ、先進性を感じさせる眼鏡を求めた時代の空気があります。しかしPOLITICIANは、堅いだけの「先生風」スクエアではありません。権威を作る太さと、人を引きつける曲線が同居しています。
上辺|CAT-EYE
中央で沈み、外側へわずかに上がる。丸いスクエアに緊張感と色気を加える。
下角|22° CUT
外側下部を鋭く切り落とすことで、厚いリムの重さを視覚的に逃がす。
中央|WIDE BRIDGE
25mmまたは28mmの広いブリッジが、左右の小ぶりなレンズ間にフランス的な余白を作る。
形の主役は「厚さ」ではなく、厚さの変化

上面の丸み、外側へ向かう稜線、切り落とした下角。平面ではなく、面の切り替えで輪郭を作る(DOWNTOWN撮影)
公式仕様では、POLITICIANは8mm厚の綿由来アセテートから削り出されます。8mmという数字だけを見れば「極太フレーム」ですが、実物では場所によって厚みの見え方が違います。
眉に近い上部には量感を残し、レンズ下部は内外から削って光を入れる。外側は斜めの面へつなぎ、下角で突然切る。ボリュームを均等に置かないため、正面は強いのに、表情が固まりません。
三点リベットと二点リベット|構造がそのまま顔になる


左:フロントの三点リベット。右:テンプルの二点リベット。ロゴではなく、金具の配置がブランドの表情を作る(DOWNTOWN撮影)
フロントには三角形を描く三点、テンプルには水平な二点の真鍮リベット。小さな金色の点が黒い生地の緊張をほぐし、見る人の視線を外側へ導きます。
内側には堅牢な真鍮製5枚蝶番を収めます。当店で扱う現行品では、蝶番を組み込んだ後、硬さの異なるアセテートと真鍮を一体で斜めに切りそろえる工法が使われています。閉じたときの合口が一本の面としてつながるのは、単に高価な金具を使うだけでは得られない精度です。


5枚蝶番と、フロント内側の42/28刻印。外から見えない場所ほど、サイズと構造が明快に読める(DOWNTOWN撮影)
Massue型テンプル|横顔と掛け心地を支える
テンプルは智元からほぼ直線に伸び、耳の手前で角度を変え、先端を丸く大きく仕上げるMassue型です。太いフロントに負けない視覚的な重さを横へつなぎながら、耳に触れる部分では面を丸めます。
正面だけ太く、横が急に細いフレームでは、顔の中央に重さが集中して見えます。POLITICIANはテンプルまで太さを持たせることで、眼鏡全体を一つのシルエットとして成立させています。
黒だけでは分からない、MAX PITTIONの色

POLITICIAN 44□25 col.Ruby Rouge。厚い場所では深紅、薄く削った場所では光を透かす(DOWNTOWNの商品ページ)
Piano Blackは面と線を最もはっきり見せます。一方、Ruby RougeやCinnamonでは、削りの深さがそのまま色の濃淡になります。厚い部分は暗く沈み、リムの内側や斜めに落とした面は透ける。
MAX PITTIONのカラーは、表面へ色を塗ったものではありません。どこを何mm削ったかが、色として見える。形と色が別々ではなく、同じ加工から同時に生まれます。
◎POLITICIANのサイズをどう選ぶ?|42・44・46と、25・28ブリッジ
現行POLITICIANは、レンズ横幅42、44、46mmを中心に、ブリッジ25mmまたは28mmのバリエーションがあります。実際の組み合わせと在庫はカラーによって異なりますが、選ぶときは数字を単独で見るより、フロント全体の「密度」で考えると分かりやすくなります。
| 見る数字 | 印象 | 選ぶときの考え方 |
|---|---|---|
| 42mm | 小ぶりで密度が高い | 太さを保ちながら、フレンチヴィンテージらしいコンパクトさを楽しむ |
| 44mm | 存在感と掛けやすさの中間 | POLITICIANの形を素直に感じたい人の基準 |
| 46mm | 輪郭を大きく見せる | 顔幅との相性を確かめながら、サングラス的な迫力を楽しむ |
| 25 / 28mm | 左右レンズの間隔が変わる | 鼻幅だけでなく、目の位置とブリッジの余白を鏡で確認する |
太いフレームは、1〜2mmの違いでも印象が大きく変わります。また、同じ横幅でもブリッジが広いと左右のレンズが外へ動き、顔の中心に余白が生まれます。サイズ表だけで決めず、正面、斜め、横の三方向から確認するのがおすすめです。
◎店頭で確かめたい5つのポイント
- 上辺を眉と重ねて見る。 POLITICIANのキャットアイ的な上がり方が、表情を強くするか、自然に引き締めるかを確認します。
- 下角の22度カットを見る。 正面だけでなく斜めから見ると、厚みがどこで消え、どこに残るかが分かります。
- ブリッジの余白を見る。 25mmと28mmでは、鼻への収まりだけでなく、目の位置との関係が変わります。
- 蝶番を開閉する。 5枚蝶番の剛性、合口のそろい方、テンプルの動きに製造精度が表れます。
- 色を光に透かす。 Ruby RougeやCinnamonは、厚みと削りによる濃淡が自然光で最もよく見えます。
MAX PITTIONは、商品写真を一枚見ただけでは「太い」「個性的」で終わりやすいブランドです。しかし実物を動かすと、面の切り替え、真鍮の点、色の透け方、耳へ向かうテンプルの線が次々に見えてきます。強さの中に繊細さがあることを、ぜひ近くで確かめてください。
◎まとめ|MAX PITTIONは、眼鏡史を現在形で掛けるブランド
MAX PITTIONの歴史は、一直線ではありません。
1921年にオヨナで生まれたマックス・ピティオンは、戦後、家業の櫛工場を眼鏡メーカーへ発展させました。1960〜70年代には200人を超える規模で世界へ輸出し、パリのファッションハウスのフレームを作り、眼鏡製造組合を率い、SILMOの創設に関わります。1981年の引退後、ブランドは休止しました。
2013年、ヴィンテージのPOLITICIANに魅了されたJohn MayerがTommy O'Garaとともに復活させます。その生産も約5年で止まりますが、2023年、O'Garaと創業者の息子Bernard Pittionが、フランスの資料と日本の製造を結び直しました。
代表作POLITICIANには、その全史が凝縮されています。1940年代に生まれた形。Mayerを動かした存在感。O'Garaが鯖江の技術で磨き直した8mmアセテート、22度の下角、真鍮のリベットと5枚蝶番。
MAX PITTIONの魅力は、古いからでも、太いからでもありません。眼鏡産業を動かした人物の美意識が、休止と復活を越え、いまも実際に掛けられる精度で残っていることにあります。
フレンチヴィンテージの造形を知りたい人にも、鯖江のものづくりを細部で味わいたい人にも、これほど両方を深く結びつけるブランドは多くありません。まずはPOLITICIANを手に取り、正面の輪郭だけでなく、斜めに走る面と、内側の真鍮まで見てみてください。一本の中に、1940年代のフランスと現在の日本が同時に見えてきます。
MAX PITTIONの商品を一覧で見る
DOWNTOWNでは、POLITICIANをはじめ、正面・斜め・蝶番・テンプルまで確認できる写真とともにMAX PITTIONをご紹介しています。