MATSUDA(マツダ)とは?|創設者・歴史・名作モデル・日本製の魅力を徹底解説

MATSUDA × Dapper Dan、2025年(MATSUDA公式より)
MATSUDA(マツダ)の眼鏡を近くで見ると、細部まで作り込まれていることに気づきます。
リムやテンプルに刻まれた細かな彫金、七宝の色、立体的なブリッジやヒンジ、横から見たときに現れるサイドシールド。正面の輪郭はもちろん、角度を変えるたびに異なるディテールが見えてきます。
MATSUDAは、ときに「スチームパンクを思わせる眼鏡」と評されます。しかし、その言葉だけではブランドの成り立ちまで説明できません。背景にあるのは、戦後日本の服飾教育、1960年代のパリ、1970年代の東京コレクション、1980年代の日本のデザイナーズ・ファッション、そして福井の眼鏡づくりです。
この記事では、創設者・松田光弘の歩みと時代背景から、名作2809H、M3023、10601H、現行モデルM3169の細部まで、MATSUDAの魅力を掘り下げます。なかでも2809とM3023を代表作として取り上げるのは、前者が映画『ターミネーター2』でサラ・コナーに、後者が『アイアンマン3』でトニー・スタークに着用され、ブランドを広く知らしめたモデルだからです。
この記事でわかること
- MATSUDA Eyewearが1989年に始まるまでの歩み
- 創設者・松田光弘と、東京ファッションを切り拓いた時代
- 『ターミネーター2』の2809と、トニー・スタークが着用したM3023
- M3169を例に読み解く、彫金・七宝・サイドシールド
- 最大250工程を要する日本製フレームの価値
◎MATSUDAとは?|「日本製の高級眼鏡」だけでは語れないブランド
MATSUDAは、東京生まれのファッションデザイナー、松田光弘(Mitsuhiro Matsuda)が1989年に始めたラグジュアリーアイウェアブランドです。現在もすべてのフレームを日本で手作りし、過去の代表作を限定生産で復刻するHeritage Collectionと、ブランドの意匠を現代のデザインに取り入れたEssential Collectionなどを展開しています。
ブランドの特徴は、三つの観点から整理すると分かりやすくなります。
FASHION
服飾デザイナーが生んだブランドであり、眼鏡単体だけでなく、掛ける人や服との調和まで考えられていること。
DESIGN
アール・デコやアール・ヌーヴォー、19世紀の眼鏡や金属装飾から着想を得た造形を、現代のフレームに取り入れていること。
CRAFT
複雑な造形を、日本の金属加工、彫金、研磨、組み立ての技術によって製品として成立させていること。
MATSUDAは、単なるヴィンテージの復刻でも、装飾の多さだけを特徴とするブランドでもありません。歴史的な意匠を取り入れながら、現在の素材や技術、掛け心地に合わせて作り直すブランドです。
◎創設者・松田光弘の経歴|アイウェア以前にあった30年

文化服装学院の同窓生と並ぶ松田光弘(左から2人目。「コシノジュンコ 原点から現点」展紹介より)
1934–1961|早稲田大学を経て、文化服装学院へ
松田光弘は1934年、東京に生まれました。早稲田大学を卒業した後、文化服装学院でファッションデザインを学び、1961年に卒業します。
現在では数多くの著名デザイナーを輩出している文化服装学院ですが、男子学生の受け入れを始めたのは1957年のこと。松田や髙田賢三は、その第二期にあたる世代でした。服飾を学ぶ男性がまだ珍しかった時代に、二人は後の日本ファッション界を担う同級生たちと学びました。
松田が眼鏡を手掛けるのは、それから約30年後です。しかし、形と素材を組み合わせ、身に着ける人の印象を考えるという服飾デザインの経験は、後のアイウェアにも生かされていきます。
1960年代半ば|髙田賢三と渡ったパリ
卒業後、松田は三愛でデザイナーとして経験を積み、1960年代半ばに同窓の髙田賢三とパリへ渡りました。
当時の東京は高度経済成長のただ中にあり、一方のパリでは、オートクチュールと歴史的な建築や装飾が日常の景観に共存していました。フランスはその後もMATSUDAにとって重要な着想源であり続けています。アール・デコやアール・ヌーヴォーを思わせる意匠は、現在のフレームにも見ることができます。
1967–1974|NICOLE創業と、東京コレクションの始まり
1967年3月、松田は数寄屋橋阪急にブティック「NICOLE」を開きます。1971年には株式会社ニコルを設立。1974年には金子功、菊池武夫、コシノジュンコ、花井幸子、山本寛斎とともに「TD6(Top Designer 6)」を結成しました。
当時の日本では、各デザイナーの発表時期がそろっておらず、海外のようにバイヤーやメディアが一度に新作を見られる仕組みも整っていませんでした。TD6は、日本でファッション・ウィークを開催することを目指して結成されたグループです。その活動は、後の東京コレクションや、1985年に組織された東京ファッションデザイナー協議会(CFD)へつながりました。
松田光弘は服をデザインしただけでなく、東京からファッションを発信するための基盤づくりにも関わった人物でした。
1982–1989|世界進出を経て、アイウェアへ
NICOLEは1970年代にメンズ、ウィメンズへ領域を広げ、1982年にはニューヨークに「MATSUDA NEW YORK」を開店。1983年にニューヨークコレクションでMATSUDAを発表し、1987年にはパリにも店舗を構えました。
そして1989年、MATSUDAのアイウェアコレクションが始まります。
服と眼鏡は大きさこそ異なりますが、素材や形によって、身に着ける人の印象を変える点では共通しています。服のコレクションで培った造形感覚を、顔の印象を左右する眼鏡へと展開したことが、MATSUDAならではのデザインにつながりました。
MATSUDA BIOGRAPHY
1934 東京に生まれる / 1961 文化服装学院卒業 / 1967 NICOLE創業 / 1974 TD6結成 / 1982 ニューヨーク進出 / 1987 パリ進出 / 1989 アイウェア開始 / 2008 松田光弘逝去 / 2011 MATSUDA Eyewear再始動

Olivia Arthurが1980〜90年代のMATSUDAカタログを参照して撮影した「Rêverie」(MATSUDA公式より)
◎1989年以降|映画を通じて広まったMATSUDAの名
MATSUDAの初期アイウェアは、当時の一般的なクラシックフレームとは大きく異なっていました。サイドを覆うシールド、幾重にも組み合わされたメタルパーツ、細密な彫金。19世紀や20世紀初頭の道具を思わせる要素を持ちながら、画面の中では未来的に映る。その独特のバランスが映画でも強い印象を残しました。
象徴的なのが、1991年公開の『ターミネーター2』です。サラ・コナーが着用した2809は、鍛え上げられた人物像と作品の機械的な世界観によく合っていました。2013年公開の『アイアンマン3』では、ロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スタークがM3023を着用しています。
どちらもフレームの個性とキャラクターのイメージが結びつき、MATSUDAを知らなかった観客にもモデルの姿を印象づけました。2809とM3023は、映画をきっかけにブランドの存在を知った人も多い代表作です。
◎休止と再始動|名作を受け継ぎ、現代の製品へ
世界的な評価を得たMATSUDA Eyewearは、その後しばらく市場から姿を消しました。松田光弘は2008年に逝去。旧作はヴィンテージ市場で取引され、愛好家やコレクターの間で支持され続けました。
転機は2011年です。James Kisgenが率いるチームによって、MATSUDA Eyewearが北米で再始動しました。当時のコレクションは、貴金属を用いたPrecious、新作を展開するEssential、過去の代表作を限定復刻するHeritageの三つで構成されていました。
再始動後のMATSUDAは、過去の名作を復刻するだけでなく、ブランドの意匠を受け継いだ新作も作り続けています。アーカイブを尊重しながら、フィット、重量、レンズ、加工技術を現在の水準に合わせる。その両立が、いまのMATSUDAを支えています。

現在のMATSUDAを伝えるDapper Danのエディトリアル(MATSUDA公式より)
◎MATSUDAらしさを作る5つのデザインコード
1|パーツの構造まで意匠にする
MATSUDAでは、ブリッジ、ヒンジ、サイドシールドといった機能部品もデザインの一部です。どの部品がフレームを支え、どのように組み合わされているのかが見えるため、細部を観察するほど作りの特徴が分かります。
2|細部まで続くシグネチャー彫金
リムやテンプルに刻まれる「M+N」の反復模様は、MATSUDAを象徴する彫金です。遠目には細い線に見えますが、近くで見ると連続した文様であることが分かります。大きなロゴに頼らず、細部の仕上げによってブランドらしさを表しています。
3|七宝と貴金属仕上げ
モデルによっては、彫金を施したパーツに色鮮やかな七宝を配し、22.5Kゴールドやパラジウムなどで仕上げています。繊細な彫金と色、金属の光沢を組み合わせることで、メタルフレームに奥行きが生まれます。
4|さまざまな時代の意匠を組み合わせる
19世紀末の鼻眼鏡、アール・ヌーヴォーの曲線、アール・デコの幾何学、保護眼鏡のサイドシールド。MATSUDAは特定の年代をそのまま再現するのではなく、複数の時代から得た要素を一つのフレームに組み合わせます。そのため、クラシックを基調としながらも、一つの年代には収まらない独自性があります。
5|角度を変えると分かるディテール
正面のシェイプに加えて、サイドシールドの透け方、智元の段差、テンプルの彫金、テンプルエンドの七宝にも注目したいブランドです。正面、斜め、横と見る角度を変えることで、一本の中に盛り込まれた意匠をより詳しく確認できます。
なぜ、2809とM3023が代表モデルなのか
2809は『ターミネーター2』でサラ・コナーが、M3023は『アイアンマン3』でトニー・スタークが着用しました。いずれもフレームの造形がキャラクターの個性とよく合い、映画を通じてMATSUDAのデザインを広く印象づけたモデルです。
◎代表モデル1|2809H-V2――『ターミネーター2』の2809を、いま掛ける

2809H-V2 col.AG-BGN。サイドシールドは着脱式(DOWNTOWNの商品ページ)
2809を代表作として最初に挙げたい理由は、1991年公開の『ターミネーター2』でサラ・コナーが着用したモデルだからです。劇中で使われたのはオリジナルの2809。丸みのあるレンズ、コイル状のトップバー、横からの光や風を遮るサイドシールドが、サラの力強い人物像と作品の世界観を引き立てました。
オリジナル2809の発表は、アイウェアブランドが始動した1989年。現在の2809H-V2は、そのデザインを現在の素材と技術で作り直したヘリテージモデルです。
現行の2809H-V2は、細かな彫金を施したチタンと日本製アセテートを組み合わせ、福井で手作りされています。サイドシールドは着脱式で、装着すると力強い印象に、外すと繊細なラウンドサングラスになります。
現行の公式ページでは、ボルドーとボトルグリーンを各色世界500本に限定。専用のウッドケースも付属します。映画での知名度に加え、保護眼鏡に由来する機能的なディテールと装飾性を併せ持つ点でも、MATSUDAの原点をよく示す一本です。
◎代表モデル2|M3023――トニー・スタークが選んだアビエーター

M3023。日本製アセテートのインサートとチタンを組み合わせたモディファイド・アビエーター(MATSUDA公式より)
M3023を代表作として取り上げる理由は、映画『アイアンマン3』でロバート・ダウニー・Jr.演じるトニー・スタークが着用したモデルだからです。工学者であり発明家、巨大企業の経営者でもあるトニーの華やかさと知性に、クラシックと未来的な印象を併せ持つM3023がよく合っていました。
M3023は、アビエーターの輪郭に日本製アセテートのインサートとサイドシールドを組み合わせたモデルです。軽量なチタン、熟成させたアセテート、彫金入りのチタンテンプルという異素材を用い、正面にはアセテートの厚み、横にはシールドと彫金のディテールが表れます。
ダブルブリッジが顔まわりを引き締め、半透明のサイドシールドが奥行きを加えます。映画で強い印象を残す個性がありながら、基本となる形はアビエーター。そのため、普段の装いにも取り入れやすいモデルです。
◎代表モデル3|10601H――19世紀の鼻眼鏡を、1995年と現在へ

10601H。丸い鼻パッドと、M+Nの彫金を施したリムワイヤー(MATSUDA公式より)
10601Hのオリジナルは1995年に発表されました。着想源は、19世紀末に流行した鼻眼鏡のpince-nez(パンスネ)です。
45mmの小ぶりなラウンドレンズに対して、ブリッジは27mmと広め。丸いレンズと鼻パッド、弧を描くブリッジがまとまりのある正面を作ります。リムワイヤーにはM+Nの彫金が入り、軽量なチタンフレームの細部にMATSUDAらしさを加えています。
19世紀末の意匠をそのまま再現するのではなく、1995年のデザインを経て、現在も掛けられるサングラスとして作り直している点が10601Hの面白さです。小ぶりなラウンドでありながら、ブリッジと鼻パッドの形によって、はっきりとした個性があります。
◎M3169で見る、現在のMATSUDAのプロダクト

M3169 col.AG。50□22-145のコンパクトなオーバル(DOWNTOWNの商品ページ)
M3169は、MATSUDAの歴史的な意匠を、軽量なチタンと現代的なサイズバランスでまとめたモデルです。
ベースは50mmの横長オーバルで、ブリッジ22mm、テンプル145mm。公式ではNarrowフィットに分類されています。フレームには軽量なチタンを使い、七宝を施したサイドシールド、M+Nの彫金、カラーに応じた22.5Kゴールドまたはパラジウム仕上げを組み合わせています。
左:M3169 col.PWの赤い七宝と彫金。右:M3169 col.AGのヒンジとテンプル(DOWNTOWN撮影)
オーバルシェイプとサイドシールドの組み合わせ
正面は掛けやすい横長のオーバルです。そこに立体的なサイドシールドを加えることで、MATSUDAらしい存在感を持たせています。シールドの七宝は半透明で、顔の向きや光の当たり方によって色の見え方が変わります。
細い線の中で際立つ彫金
ブリッジ、智元、サイドシールドの縁には細かな彫金が続きます。薄いチタンの輪郭に凹凸と陰影が加わるため、フレームを必要以上に太くすることなく、細部をはっきり見せることができます。
装飾性と軽さを両立した設計
2809H-V2のような大型のサイドシールドを備えたモデルに比べ、M3169は装飾をコンパクトにまとめています。50mmのオーバルと軽量なチタンを基本にしながら、彫金や七宝といったブランドの特徴を残しているため、MATSUDAらしさと日常での使いやすさを両立しています。
◎日本製の価値|最大250工程、71時間、13人の職人

組み上がったフレームを手で確かめる工程(MATSUDA公式「Craftsmanship」より)
MATSUDA公式は、一つのデザインを構想から製品として完成させるまでに最長2年、製造には最大250工程を要すると説明しています。同ページには「250工程、71時間、13人の職人」という数字も掲げられています。工程数が多いのは、独自の部品を作り、装飾と掛け心地の両方を整える必要があるためです。
メタル|モデルごとに部品を設計する
MATSUDAは、チタン、ステンレス、スターリングシルバー、18Kゴールドなどを使い、ヒンジ、テンプル、そのほかの構成部品をコレクションごとに設計しています。モデルに応じて彫金、貴金属仕上げ、七宝などを加えるため、構造部品そのものが外観の特徴になります。
アセテート|綿由来の素材を寝かせ、削り、磨く
日本製アセテートには、綿由来の有機素材を原料とする生地を用いています。公式によると、加工前に3か月以上硬化させ、その後、10年の修業を積んだ磨き手が手作業で仕上げます。時間をかけて素材を安定させることで、強度や耐久性、色の深みを引き出しています。
レンズ|サングラスとしての性能も整える
公式が採用を案内しているCR-39レンズは、ガラスより軽く、耐衝撃性に優れ、UVA・UVBを100%カットします。さらに7層の反射防止コーティングを施し、不要な反射を抑えています。フレームの造形だけでなく、サングラスとしての見え方にも配慮されています。
工程の多さは、装飾のためだけではありません。彫金の線や左右の角度をそろえ、テンプルを滑らかに開閉できるようにし、掛けたときのバランスを整える。複雑なデザインを、実際に使える眼鏡として仕上げるための工程です。
◎MATSUDAを見るとき、店頭で確かめたい4つのこと
- 正面と横、両方から見る。 正面のシェイプだけでなく、サイドシールド、智元、テンプルエンドまで確認すると、モデルごとの違いが分かります。
- 光の下で少し傾ける。 M+Nの彫金や七宝は、角度によって陰影や色の見え方が変わります。
- テンプルを開閉する。 ヒンジの作り、左右のそろい方、開閉の滑らかさにも、日本製フレームの精度が表れます。
- 実際に掛け、正面と斜めから確認する。 フレームの見え方は、顔の形や動きによって変わります。写真だけでは分からないサイズ感や印象も確かめられます。
モデルごとに選ぶなら、MATSUDAの原点を強く感じられる2809H-V2、映画で知られる存在感と日常性を併せ持つM3023、繊細なラウンドを求めるなら10601H、コンパクトなサイズで彫金や七宝を楽しむならM3169。それぞれ異なる角度から、ブランドの特徴を味わえます。
◎まとめ|MATSUDAの魅力は、歴史と技術の両方にある
MATSUDAは、昔の眼鏡をそのまま再現するブランドではありません。
創設者の松田光弘は、戦後の服飾教育で学び、1960年代にパリへ渡り、1970年代には仲間たちと東京コレクションの基盤づくりに関わりました。1980年代に世界へ進出し、その経験を背景として1989年にアイウェアを始めています。現在は、松田が残したデザインと日本の製造技術を受け継ぎながら、復刻モデルと新作の両方を展開しています。
2809H-V2、M3023、10601H、M3169は、形も印象も異なります。しかし、歴史的な意匠を現在の素材と技術で作り直し、機能部品にまで細かな仕事を施す姿勢は共通しています。映画で知った人も、まずは彫金やヒンジ、サイドシールドまで目を向けると、MATSUDAが長く支持されてきた理由が見えてきます。
強い個性がありながら、細部には実用を支える精度がある。その両方を実物で確かめられることが、MATSUDAを選ぶ面白さです。

