前川國男邸で撮影されたJacques Durand公式キャンペーンのルック

Jacques Durand(ジャック・デュラン)とは?|デザイナーの軌跡と名作PAQUES 506を徹底解説

記事メイン画像:ジャック・デュランの公式キャンペーン「タイムレス」より。フレームの輪郭と建築の線を、中判フィルムで撮影(Jacques Durand公式/Photo: Masaki Yamada)

Jacques Durand(ジャック・デュラン)は、2010年にフランスで始まったアイウエアブランドです。平らなフロント、輪郭を際立たせるエッジ、ブラシで撫でたようなマット仕上げが特徴です。古典的な形を土台にしながら、ひと目でそれと分かる顔つきを持っています。

その背景にあるのは、創業者Jacques Durandが半世紀近く積み上げた眼鏡の経験です。alain mikliの創業期やSTARCK EYESに携わった後、ようやく自分の名を冠したブランドを立ち上げました。本稿では、デザイナーの足跡と現在の体制、デザインの要点、そして坂本龍一氏が愛用した代表作PAQUES 506を紹介します。

◎まず知っておきたい、Jacques Durandの6つの基本情報

設立

2010年、フランス

創業者

Jacques Durand

現在の拠点

イタリア・ヴィチェンツァ

素材

イタリア製セルロースアセテートを中心に使用

コンセプト

Timeless

代表作

PAQUES 106 / 506

「フランスのデザイン」と「イタリアの製造」が一本の中に同居しているのが、現在のJacques Durandです。デザインは流行の進み方に合わせるのではなく、長く残る線を探す。その考え方が「Timeless」という短い言葉にまとめられています。

◎デザイナーJacques Durand|13歳から始まった眼鏡の仕事

2017年のインタビューで、Jacques Durandは13歳の頃から眼鏡の世界に入ったと紹介されています。出発点はデザイン学校ではなく、オプティシャンの実務でした。視力を測り、レンズを入れ、フレームを調整し、使う人の生活を聞く。後の造形が力強い一方で掛け心地を置き去りにしないのは、この経験と無関係ではありません。

Bugatti Type 35の車内にいるJacques Durand

Bugatti Type 35の車内にいるJacques Durand(写真右)。眼鏡と並んで自動車は彼の大きな関心事だった(Jacques Durand公式「Story」/Photo: Philippe Guyot)

1978|alain mikliの創業期を支える

1978年、Durandは立ち上がったばかりのalain mikliに参加しました。当時はまだ四人ほどの小さなチームで、彼は製品、コミュニケーション、セールスなど複数の役割を担います。

後年Alain Mikliは、Durandを「最初に雇った人の一人」と振り返りました。1980〜90年代、色や形の強い眼鏡がまだ市場で当たり前ではなかった時代に、デザインだけでなく、どう説明し、どう届けるかまで一緒に組み立てたのです。

1990年代|STARCK EYESでプロジェクトを動かす

alain mikliとPhilippe StarckによるSTARCK EYESでは、Durandがプロジェクトマネージャーとして製品化と商業面を支えました。Starckの発想をドローイングのまま終わらせず、眼鏡として製造し、販売し、店頭で説明できる状態まで持っていく。ここでも彼は、作家と製造現場、そしてオプティシャンの間に立つ存在でした。

2002〜2010|他人の名前で作る時代から、自分のサインへ

2002年、DurandはJDL(Jacques Durand Lunetier)を立ち上げ、さまざまな企業のアイウエア開発を手がけます。中でも重要なのがBugatti Eyewearでした。彼が愛した自動車の構造や線と、眼鏡の設計が直接つながった仕事です。

そして2010年、フランスで自身の名を冠したJacques Durandを始動させます。若手の処女作ではありません。創業時点ですでに、デザイン、製造、販売、フィッティングを知り尽くした人物が始めたブランドでした。

JACQUES DURAND TIMELINE

1978
alain mikliの創業期に参加
1990s
STARCK EYESのプロジェクトを担う
2002
JDLを設立。Bugattiなどのアイウエアを開発
2007
フランス・ジュラにアトリエを構える
2010
自身のブランドJacques Durandを設立
2012
製造拠点をイタリア・ヴィチェンツァへ移す
2022
Jacques Durandが4月に逝去。Emma Concatoが創造面を継承
NOW
ヴィチェンツァの自社工房で生産を続ける

◎フランスからヴィチェンツァへ|宝飾の技術を眼鏡に使う

Jacques Durandのイタリア工房でアセテートフレームを仕上げる手

アセテートの輪郭を手作業で確かめる。平面とエッジが主役のJacques Durandでは、仕上げの精度がそのままデザインになる(Jacques Durand公式「Story」より)

2012年、会社はイタリア北部、ヴィチェンツァ郊外のMontecchio Maggioreへ移りました。ヴィチェンツァは宝飾加工で知られる土地です。公式は、金細工の技術と眼鏡製造の知識を組み合わせていると説明しています。

現在はセルロースアセテートの切削から仕上げまでを同地の工房で行います。各フレームには、製造工程、担当者、作業地を記したカードが付属します。「ハンドメイド」という言葉だけで済ませず、誰がどこで作ったかを追えるようにする。創業者が大切にした透明性も、プロダクトの一部です。

2022年以降|Emma Concatoが継ぐもの

Jacques Durandは2022年4月に逝去しました。同年からクリエイティブディレクターを務めるのがEmma Concatoです。現在の公式サイトは、彼女のアプローチを「直感的で、素材から考える」ものと説明しています。

Concatoがしているのは、創業者の線を凍結保存することではありません。不要な要素を足さず、素材と形の関係を調整しながら、同じ精神で新しいフレームを作ることです。創業者不在後もブランドの顔が変わっていないのは、一本ずつの形で判断基準が共有されているからです。

◎Jacques Durandの顔を作る5つのデザイン

1|平らなフロントで、形をそのまま見せる

一般的なプラスチックフレームは、顔のカーブに沿うよう正面が緩やかに弯曲しています。Jacques Durandは、正面から見たときの平面性を強く残します。光が面にまとまって当たり、外周の線が明確になる。丸型はより丸く、角型はより角ばって見えます。

2|光沢仕上げと、マット仕上げを使い分ける

代名詞は、細いヘアラインが残るマット加工です。鏡面のように光らせるのではなく、素材の表面に縦横の細かな線を残す。黒は光を吸い込むように落ち着き、鼈甲柄は模様の奥行きが柔らかくなります。同じ形でも、光沢仕上げとマット仕上げで印象は大きく変わります。

3|ロゴではなく、輪郭を記憶に残す

正面に大きなエンブレムはありません。ブランドだと分かる理由は、フロントの平面、ブリッジの開き方、リムの厚み、カラーの選び方にあります。作り手の名前を前に出さず、形を覚えてもらうデザインです。

4|島の名前で、一つのコレクションをつなぐ

Timelessコレクションのモデルには、世界の島や土地の名が付けられています。Durandは、La Pérouse伯爵の航海の足跡を辿るためだと話していました。モデル名が単なる響きではなく、コレクション全体の地図になっています。

PAQUESも、フランス語の「復活祭」としてだけではなく、La Pérouseの一行が1786年に寄港したイースター島(Île de Pâques)という文脈で読むと、コレクション内の位置がよく分かります。

5|1950年代の大胆さを、現代の寸法に収める

Durandは1950年代のフレームに、現代より自由で思い切った形があったと語っています。ただし、古い形をそのまま複製するのではありません。古典的な丸、スクエア、パントの比率を使いながら、ブリッジや鼻周り、テンプルの収まりを現代の顔に合わせています。

前川國男邸で撮影されたJacques Durandの公式キャンペーンルック

建築家・前川國男の自邸で撮影された公式キャンペーン「タイムレス」。顔の中でフレームの輪郭がはっきり見える(Jacques Durand公式/Photo: Masaki Yamada)

◎代表作PAQUES 506|丸いのに、甘く見えない

Jacques Durand PAQUES 506 col.002 blackの正面

PAQUES 506 col.002 black。マット加工に残る細い線が、フラットなフロントを引き締める(Jacques Durand公式より)

PAQUES 506のレンズシェイプは、おおむねボストンやパントに分類できます。しかし、やさしい丸眼鏡とは表情が違います。

リムの上辺はブリッジの両脇で小さく盛り上がり、左右の山ができます。外側はカーブのまま終わらず、水平に切られたようにテンプルへつながる。丸さの中に直線が入るため、柔らかさと緊張感が同時に生まれます。

サイズ

44.5□23.5-145mm

フィット

日本向けカテゴリのアジアンフィット

素材

イタリア製プレミアムセルロースアセテート

現行公式カラー

002 / 013 / 021 / 094 / 151

「フラット」だから、マットな質感がよく見える

PAQUES 506を横から見ると、フロント前面に丸い膨らみがほとんどないことが分かります。正面の面積をしっかり確保することで、ヘアライン状のマット加工がよく見えます。艶で立体感を作るのではなく、平面と素材のきめで存在感を出すフレームです。

Jacques Durand PAQUES 506 col.013 ecailleの正面

PAQUES 506 col.013 écaille。黄土色から濃茶へ変化するアセテートと、表面のマット加工が異なる奥行きを作る(Jacques Durand公式より)

PAQUES 106と506は、何が違うのか

先にあったのはPAQUES 106で、506はその輪郭をもとにした日本向けモデルです。公式寸法を比べると、106は44□25-145mm、506は44.5□23.5-145mm。506はレンズ幅をわずかに広げ、ブリッジ幅を1.5mm狭くしています。鼻パッドも高めに設定され、日本人を含むアジアの骨格でフロントが下がりにくいよう調整されています。

ただし、「アジアンフィットなら誰でも合う」わけではありません。目とブリッジの間隔、鼻根の高さ、まつ毛とレンズの距離によって、106の方がまとまる場合もあります。寸法差は小さく見えますが、顔の中でははっきりした違いになります。

モデル レンズ幅 ブリッジ 主な性格
PAQUES 106 44mm 25mm オリジナルのTimeless仕様
PAQUES 506 44.5mm 23.5mm 鼻周りを調整したアジアンフィット

◎坂本龍一氏とPAQUES|眼鏡が人物像の一部になるまで

太いボストン型フレームを掛けた坂本龍一氏のポートレート

太いボストン型のセルフレームを掛けた坂本龍一氏(2011年)。写真単体で型番やカラーは断定しないが、この時期の彼にとって、太い丸型フレームが顔の印象を作る重要な要素だったことがよく分かる。Photo: KAB America / Wikimedia Commons / CC BY 3.0出典ページ、トリミング済みの現行版を使用)

坂本龍一氏はPAQUES 506を長く愛用し、特にブラックと鼈甲柄をよく掛けていたことで知られています。『WWDJAPAN』と『Pen Online』は、PAQUES 506を彼の愛用品として紹介し、ブラックと鼈甲柄の両方をよく掛けていたモデルとして掲載しています。

彼の白髪と黒を基調にした服装に、太いPAQUESが入ると、顔の中心に明確な輪郭ができます。フレームは太いけれど、正面に金属装飾やロゴがない。ブラックなら形だけが残り、鼈甲柄なら顔とフレームの境界がわずかに柔らぎます。

「坂本龍一氏が掛けたから名作になった」という順序ではありません。一度見たら覚える形と、長時間使うためのフィットが先にあり、それを彼が繰り返し使った。その結果、PAQUES 506は一人の音楽家の印象と分けて考えにくいほどの存在になりました。

◎PAQUESが教えてくれる、Jacques Durandの「Timeless」

タイムレスという言葉は、特徴の少ない無難なデザインの言い換えになることがあります。しかしJacques Durandの場合、その意味は違います。

PAQUES 506は細くもなく、目立たなくもありません。それでも流行の装飾に依存していないため、数年で古く見えにくい。丸と直線の比率、ブリッジの間隔、表面の質感という、眼鏡自体の要素だけで個性を作っているからです。

Jacques Durandが眼鏡に求めたのは、新しく見せることより、長く使っても形の意志が薄れないことでした。PAQUES 506は、その考えを最も分かりやすく見せる一本です。

Jacques Durandのモデルを実際に確かめたい方へ

Jacques Durandのフレームは、ブランドの販売方針を尊重し、当店オンラインストアでは商品ページやカートをご用意していません。モデル、カラー、サイズ、入荷状況などは、お問い合わせください。

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主な参考資料

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